さまざまな専門機関が、生物医学分野の学生のトレーニングに関して提言しています。「Modeling Life」では、これらのベストプラクティスのガイドラインを満たすために、どのように数学と生命科学を融合させているのでしょうか?
2009年、米国で最も有名な医療機関であるHHMI(ハワード・ヒューズ医学研究所)とAAMC(米国医科大学協会)の2つの機関が、将来の医師に必要とされる標準的な「学部レベルの能力」の新しいリストを定義しました。「動的システムにおける変化の定量化と解釈」は、このリストの上位に入っていました。2年後、NSF(アメリカ国立科学財団)とAAAS(アメリカ科学振興協会)はその定義を補足し、「生物学的なダイナミクスの研究では、モデル化、計算、データ分析のツールにさらに重点を置く必要がある」と述べています。しかし当時は、ニューラルネットワークと生態系の動的モデル化に関する知識を含むこの能力については、新入生向けの従来の微積分コースでは一切触れられていませんでした。
2013年までは、UCLAをはじめとする全米の数学カリキュラムは、生命科学のプログラムとは比較的切り離されていました。そのため、生物学と医学を専攻する学生は、従来の微積分コースから学んだ数学を自身の専門分野に応用するのに苦労することが多かったのです。したがって、生命科学分野の学生が、それぞれのコースで学ぶ数学の内容を楽しく、自信を持って学習することができる方法を見つける必要がありました。どのプログラムでも、数学は必要不可欠な要素です。しかし、抽象的に教えられると、学部生にとっての意義が失われてしまい、全体の合格率にも影響します。そこでUCLAでは、生命科学分野の学生のサポートを強化し、就職後も活用できる、総合的な応用数学カリキュラムについて、実行可能な案を策定したいと考えました。プログラムが立ち上がってからわずか数年後の2018年には、1600人の学生が優秀な成績を修め、コースを修了しました。その間、私はアメリカ国内の複数の機関で、UCLAのコースについて、そしてコースの成功のためには組織と指導方法を変更する必要があると訴えてきました。
先生が出版された教科書「Modeling Life」が学生の行動や成績に与えた影響について教えてください。生命科学分野の学生の数学に対する姿勢には、どのような変化が見られたのでしょうか?
「Modeling Life」が出版されるまでの間、UCLAでは生命科学数学コース(LS30A)を4年間実施してきました。このカリキュラムが、同書の構成と内容をまさに決定づけています。それまでに得られた成果は、注目に値するもので、生物学の学生が数学に取り組んだレベルは、コース実施前後における成績の分布に表われています。従来の微積分コース(数学3A)の学生と比較すると、LS30Aの学生は、数学3Aの学生の2倍の割合で、物理でAまたはA+を獲得しており、成績に著しい差が見られました。LS30Aの構成と内容は、生命科学の成績に影響を与えただけではなく、物理や化学など、関連分野にもプラスの影響を与えたのです。このような違いは、数学の教え方にあります。私たちは数学を抽象的なものとしてではなく、生物学的システムの不可欠な要素として指導したのです。
私たちがこのコースでやりたかったこと、そして後にこの書籍で実現したかったのは、数学のカリキュラムを生物学のコースの中に慎重に策定し、織り込むことで、2つの科目が切り離されて教えられることのないようにすることでした。これにより、生物学の学生の数学に対する認識を変えることが出来ました。私たちが測定した成果の一部を紹介します。
- LS30を受講した学生の大多数(理系学生の学生の75%、数学系学生の80%)がコースを通じ、自身の数学や科学に関する能力への自信が増したと感じた
- LS30を修了した学生の94%がコースが妥当であったと実感した
- LS30を修了した学生の67%が学んだ内容が実際に応用できる、または関連するものであると強く同意した
書籍「Modeling Life」は、LS30カリキュラムをきっかけとして生まれたものです。また同時に、UCLAやそれ以外の大学で生命科学を教えるための確立された指導方法として定着しました。同書と同コースは互いに連携して機能していますし、録画された教育ツール(ビデオチュートリアル)への道を開き、学生の関心がさらに高まっていることを実感しています。
同書の出版後に関心を示した機関や数学プログラムはありましたか?
「Modeling Life」の出版により、生命科学・数学コースが広く知られるようになりました。現在では、コーネル大学とアリゾナ大学の数学科で講義が行われている他、カリフォルニア大学サンタクルーズ校でもコースが開発されています。また少なくとも2名の数学の副学科長が「後れを取りたくない」と発言しており、私はキャンパスを訪問し、コースの実施に向けて協力しています。
まずは生物学などの最も基礎的な数学の応用から始めることで、UCLAの他の学部やそれ以外の教員にも応用数学を授業に取り入れるよう働きかけることができました。この分野において大きな変革を成し遂げるためには、完全に統合された学際的アプローチをサポートする教材が重要です。この書籍は、数学科と生命科学科双方の教員に対し、このアプローチを講義に導入する機会を提供しています。
またこの新たな数学指導方法は、大学に始まり、大学に終わるものにすべきではありません。私はこれが早期の教育にも根付くことを期待し、これまでに複数の講義を高校で行ってきました。しかし、現段階では、まだ発展途上であり、多くの生徒が微積分のシステムに苦戦しています。幅広い教育システム全体を通じて応用数学の関連性を高めるまでには長い道のりが残っています。そして「Modeling Life」と生命科学・数学コースは、その取り組みをサポートするために設計されたものなのです。
学生は「Modeling Life」の冊子体と電子版をどのように利用していますか? また、SpringerLinkはどのような役割を果たしているのでしょうか?
SpringerLinkから同書のダウンロードが初めて可能になって以降、チャプターダウンロード数は44万件を上回っています。書籍全体では、約6万3,000件に相当します。同書にオンラインでアクセスできることが、UCLAやその他の学生や教員にとって非常に重要なことであったことは明らかです。
「Modeling Life」の各チャプターは、オリジナルの講座のために設計されたモジュールが反映されています。出版されて間もない頃、私は伝統的な講義フォーマットの継続的な有効性について、他の研究者や教員、学習の専門家と議論しました。その中から、反転授業などの新しい授業スタイルを試してみてはどうかという提案がありました。私はその試みに同意し、そして新たな補助教材として作成したビデオシリーズが、そのための理想的な方法であると考えました。試験的に、コースの最初の数週間、学生は授業の前にビデオを観て、それについての議論の準備をしました。ビデオの内容とそれに対する学生の分析を基盤として、各セッションを構成しました。この試みが始まったのは昨年の秋でしたが、その結果は驚くべきものでした。学生の取り組み方は、私の期待をはるかに上回るものであり、この授業スタイルに対する私の認識を一変させました。講義の前にビデオの内容を理解しておき、授業中にそれについて議論してもらうことは、学生が1時間の講義を聞いた(その後、同書を参照した)場合よりも効率的にこの分野に関する知識を構築し、理解を深めていることが分かったのです。この夏、「Modeling Life」の第3章と第4章、第5章をサポートする新たなビデオの制作に取りかかっており、来年のコースには、このビデオを導入する予定です。これまでに制作したビデオは全て公開されています。生命科学コースに数学モジュールを組み入れたいと考えている他の機関は、このビデオを自由に利用することができます。
これから5~10年の間に、生命科学分野の教育はどのように進化すると思われますか? またこの分野の研究者・教員として、最優先事項は何ですか?
反転授業を試験的に実施して以来、私はこのモデルが生命科学分野の学生にとって有益であることと、学生の学習に与える影響を確信するようになりました。試験的に実施したことは偶然でしたが、今ではこのコースの構成と成果を元に、コース全体の反転授業バージョンを開発しようと考えています。カリフォルニア大学サンタクルーズ校が生命科学数学コースを試験的に導入しており、他の大学も追随する予定であることを聞き、大変心強く感じています。反転授業とこのビデオやこの書籍を組み合わせれば、米国内外にこの指導方法を広め、再現することができるようになります。
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