「これが未来です」Bruno Siciliano教授と垣間見るロボティクスの進化

Bruno Siciliano Handbook Robotics

    

「Keep the gradient(勾配を保ち続けよう)」――フェデリコ2世・ナポリ大学教授であり、IEEE Robotics and Automation Societyの前会長、Bruno Siciliano が自らを鼓舞するため掲げているモットーである。2002年にSicilianoが考案したこのフレーズは、絶えず新しいアイディアの表現を追い求め、その過程で新たな解決法を生み出す姿勢を表している。Sicilianoは1986年、フェデリコ2世・ナポリ大学にて電子・コンピュータ工学のPhDを取得して以来、ロボティクス分野および分野を超えた国際的な科学者ネットワークとの連携を続けてきた。彼は、ロボティクスの研究は他の分野および研究コミュニティとの継続的な連携によってこそ発展するとの信念を持っており、また、ロボティクスの世界において認知(知覚、意識、および精神モデル)および物理的特性(安全性、信頼性、および機敏さ)に関する複合的な問題に取り組む上では、分野横断的なアプローチがより大きな成功をもたらすと考えている。

Sicilianoは、Oussama Khatib と共著し、賞を獲得したSpringer Handbook of Roboticsについて、「私の生涯にわたる仕事の中で、最もエキサイティングな経験だった」と語っている。2016年に第2版が発行されたこのハンドブックには、世界中から200名以上の高名な科学者が協力している。彼がこのハンドブックを著した目的について、フィールド/サービス・ロボティクス、および人中心型/生きているような(life-like)ロボティクスなどの多様な問題にバランスのとれた見方を提示することにより、「国際的なコミュニティに貢献するため」としている。

Sicilianoはこれまで常に、ロボットを「人の仕事を奪う」存在とする見方と戦ってきた。彼は、人の傍らで働き、人と協力し、物理的に触れ合うことで人間の幸福を支え、守るロボットのポテンシャルを固く信じている。彼は研究チームとともに世界で初めてのピザを焼くロボットを開発した。開発の目的は、動的マニピュレーションの技術を向上させ、手術をアシストするロボットやその他の技術を発展させることである。ここでは、Sicilianoが過去40年間のロボティクスの進化を振り返るとともに、まだ見ぬロボティクスの将来を考える。



インテリジェント・コントロールの出現

1980年代はロボットの産業応用の時代だった。現在の基準からは当時のロボットは全く冴えないものに映るが、当時としてはこの産業工学の飛躍は革新的であった。これらのロボットは、反復的な動作を実行するようプログラムされており、働く人間からは安全な距離を確保したスクリーンの後ろに設置されていた。これらのロボットとの人間のやりとりは、ロボットのスイッチを入れれば始まり、切れば終わった。

より高度なコンピュータは1980年代後半に登場した。これにより、ロボティクスの地平は純粋なメカニクスから「インテリジェント・コントロール」へと移行し、カメラや距離センサ、力センサといったロボットセンサの持つ可能性が導入されていく。

それ以来、より洗練された設計と改良された素材の登場により、組み込みセンサがより広く普及した(XboxにはKinectセンサが搭載されていることを考えてほしい)。このセンサフィードバック制御の組み込みによりロボットは、人間には難しすぎる、あるいは危険すぎる業務を行えるようになった。こうした業務には、「世界各地に存在するかつての紛争地帯において地雷や簡易爆弾を検知し、除去する作業」 (Staff, 2018)の他、原子力災害後の浄化作業、およびその他の原子力発電所での作業が含まれる。1990年代の「フィールド・ロボティクス」はこうしたロボットが構成していた。その後、21世紀に入り、「フィールド・ロボティクス」は「サービス・ロボティクス」へと進化を遂げる。サービス・ロボティクスへの移行とともに、専門的な医療サービス、パーソナルサービスを提供する医療ロボット、社会的ロボットが誕生する。


ヒューマンロボットインタラクション: 倫理的、文化的課題

かつて、スクリーンの背後に人間と分離されていたロボット(または協働ロボット)は今日、我々とワークスペースを共有し、協働している。より一層洗練された組み込みセンサにより、彼らは人間の存在を見たり感じたりすることができ、意図しない接触を避けることができる。

  

「これらのインテリジェントな『プラグアンドプレイ』ロボットは、人間が望む仕事を――出来うる最高の正確さをもって――安全に遂行することができます。」 - Bruno Siciliano

 

このような顕著な進化により、ロボティクス分野の新たな用途は大きく開かれた。かつては飛行カメラの機能しか持たなかったドローンは間もなく機械の四肢を搭載した、高度な「クワッドコプター」へと進化した。

当然のことながら、こうして急速に高度化するロボティクスは常に、将来に対する疑問を提起する。具体的には、我々は果たして安全な生活を実感し、我々の永久に賢い相棒と共に働いていけるかどうか、という疑問である。Spirnger Handbook of Roboticsは、最終章においてロボット倫理学の問題を取り扱い、ロボットを設計・プログラミングする者の倫理的責任について考察している。例えば、人工知能の軍事目的の利用は、どの程度であれば倫理的に許されるのか?また、我々は倫理的、法的、社会的、経済的な原則を最高水準に維持するためにはどうすればよいのか?などである。

将来の雇用に対する懸念もますます高まっているが、ロボットの役割に移行する一部の業務は、人間が行うには危険すぎるものであるか、あるいは有効に施行するには難しすぎるものだとSicilianoは語る。

   

「ロボットは彼らの役割をより安全に、より効率的に果たし、結果的に仕事を生み出すことができます。ロボットによる業務を拡大している企業は、通常それらと共に働くためにより多数の従業員を必要とします。したがって、多くの場合、雇用は削減されるのではなく、促進されるのです。」- Bruno Siciliano

 

Sicilianoは、我々の社会においてロボットは今後2、3年のうちに、現在のパソコンやスマートフォンのように、いたるところに存在するようになると考える。また、さまざまな場面でロボット技術が我々の生活を向上させることを実体験するにつれて、人々のロボティクス技術に対する受容が進んでいくと考える。中でも、社会面および医療面でのロボットのメリットには、すでに関心が高まり始めている。しかしここには表裏一体の、2つの倫理的側面がある。看護士が「ウェアラブルロボット」を使用して患者を容易に運ぶことができるなら、医療の大きな前進だろう。しかしそこには、この同じ技術がスーパーヒューマンの兵士を作り出すことに使われるなど、非倫理的な形で使用される可能性が常につきまとう。


文化的アイデンティティの疑問:ロボットは、我々の生活に真に溶け込めるのか?

Wiredに最近掲載された記事: Why Westerners fear robots and the Japanese do not(なぜ西洋人はロボットを恐れ、日本人は恐れないか)は、ロボットに対する東洋と西洋の認知の違いが意味するものについて論じている。日本のような国の文化では、機械がアシスタントとして受け入れられるためには、人または動物の見た目をしている必要がある。しかし西洋においては、ロボットは我々の拡張というよりも機械としてとらえられているため、こうした社会ではヒューマノイドに対する抵抗が大きい。現在、ルンバ掃除機の他、ロボット義肢も西洋の文化に溶け込み始めている。一方日本では、映画「素敵な相棒 ~フランクじいさんとロボットヘルパー~(原題:Robot and Frank)」のようなシナリオは、実生活の中で既に実現しており、介護ロボット「ROBEAR」は、やさしいクマの見た目と、高齢者を持ち上げられる力強さを持ち合わせている(Zaidi, 2018)。


ロボティクスを活用し、生活を向上する: トップを目指すレース

現在「人工知能」と「ロボティクス」の用語は非常に多く使用され、しばしば取り違えられているが、。Sicilianoは明確にこの2つの分野を区別する。「ロボットは、物理的な世界を含み、脳だけでなく、体を伴います。」ロボティクスは、応用科学である。子供はおもちゃをつかむことを脳で学ぶ(知性)が、それと同時に手の筋骨格構造を使用して機械的にも学ぶ。これが「embodiment(身体化)」の概念である。

  

「人工知能(AI)とロボティクスの語はあまりにたやすく組み合わされています。ロボティクス・システムは、その物理的性質によって、AIの純粋な抽象概念と区別されます。AIは、「インタラクティブ・テクノロジー」とは大きく異なる情報技術なのです。」- Bruno Siciliano

 

ヨーロッパではAIの進歩は進んできたものの、産業、研究の両面において、依然、米国とアジアに遅れをとっている。Sicilianoは、我々が個人向けロボットと共に生活をする、次の技術革命をリードするポテンシャルはヨーロッパが持つと考えるが、経済的には米国とアジアがこの分野のフロントランナーであり続けるだろうと予想する。最近、フランスのパーソナルロボットを専門とするAldebaran Robotics社と、ドイツの産業ロボットを専門とするKUKA社の2つのロボティクス企業が、より大きな日本企業(ソフトバンク)と中国企業(Midea)にそれぞれ買収された。

  

「ロボティクス分野のベンチャーキャピタルは、米国またはアジアに集中する傾向があります。彼らは欧州で確立された技術を急速に買い漁っています。これは残念なことです。」- Bruno Siciliano

     

「これが未来です」

では、今日のロボット工学の教育の状況はどうだろうか。Sicilianoは、かつては信じられないほどニッチな分野であったロボティクスに、今では修士号と博士号のプログラムが確立されていると説明する。米国とアジアでは、若い高校生にロボット工学を教えるようになるなど、教育の現場はより劇的に変化している。Siciliano自身も小学校や高校を訪問してロボット工学について話し、ますます重要さを増しているロボット分野に対する、社会の若き構成員の関心を呼び起こしている。またマイクロソフトは、学生へのロボットキットの配布を始めている。

  

「ロボティクスは数学と工学、コンピュータを組み合わせた形で教えるよい方法です。また現代の若い学生は、家庭用ロボットを創るリソースを持っており、さらにそれをわずか数ポンド足らずのコントローラで制御することができるのです。」- Bruno Siciliano

   

フェデリコ2世・ナポリ大学のオートメーション工学課程について、Sicilianoは次のように説明する。

  

「私たちの課程に入学する学生の数は、前年比で劇的に増加しています。 2017~2018年度に入学した学生は200人で、前年のほぼ2倍でした。これが未来です。」- Bruno Siciliano


シュプリンガーネイチャーのインテリジェント・テクノロジー、ロボティクス イーブック・コレクション

2019年、シュプリンガーネイチャーはインテリジェント・テクノロジーおよびロボティクス分野における初めてのイーブック・コレクションをリリースする。このコレクションには、オートメーション、制御、環境知能(Ambient Intelligence)、ビッグデータ、サイバー物理システム、その他多くのテーマをカバーする375のタイトルが含まれる。Sicilianoはこのコレクションのリリースに非常に興奮しており、次のように語った。

  

「シュプリンガーネイチャーは現代のロボティクス分野における最もアクティブな出版社でしょう。わたしはこの新たなコレクションのタイトルに『インテリジェント』の語を見ることを嬉しくおもいます。なぜなら、これが将来のロボットを生み出す上で欠かせない要素であるからです。」 - Bruno Siciliano

 

知能(インテリジェンス)のテーマについてSicilianoは、ロボットセンサ(赤外線、紫外線、熱センサを含む)の能力はすでに人間を超えているものの、人間はセンサ情報を使い、活用する方途を知っているため、依然として人間の方が知的だと説明する。

  
「私たちが『インテリジェント・テクノロジー』を話題にするとき、センサの情報と脳との自律的な融合について言及します。これには人工知能の他に知能設計が必要ですが、実現すればロボティクスは工学とテクノロジーを超越した科学になるでしょう。」- Bruno Siciliano

 


文献: 

Staff, R. (2018). Deadly Aftermath: Robots Clearing Land Mines - Robotics Business Review. [online] Robotics Business Review. Available at: https://www.roboticsbusinessreview.com/legal/deadly_aftermath_robots_clearing_land_mines/ [Accessed 15 Aug. 2018].

eu-robotics.net. (2018). Robots and Jobs (briefing document). [online] Available at: https://www.eu-robotics.net/sparc/newsroom/press/robots-and-jobs-briefing-document.html?changelang=2 [Accessed 16 Aug. 2018].

Zaidi, D. (2018). Meet the robots caring for Japan’s aging population. [online] VentureBeat. Available at: https://venturebeat.com/2017/11/14/meet-the-robots-caring-for-japans-aging-population/ [Accessed 15 Aug. 2018].

     

この記事の原文(英語)は2018年8月9日に行われた、Bruno Sicilianoのインタビューを元に、Director of Edible Contentの Emma Warren-Jonesによって執筆されました。


Engineeringコレクションについて     その他のインタビュー    お問合せ