電子版テキストブックの人気を探る
新型コロナウイルス感染症の世界的流行という異例の状況が続くなか、シュプリンガーネイチャーは研究機関、学生、研究者を支援するため、多数のテキストブックを無料で公開し、リモート授業や遠隔での自学習を促進しました。その中でも特に高い人気を集めたタイトルが、生物医学・ライフサイエンス コレクションに収められているENZYMES: Catalysis, Kinetics and Mechanismsです。本稿の執筆時点(2020年5月)で、ダウンロード数は450万件を超えていました。Punekar博士に、本書の人気の秘密と、 世界中の大学において、イーブックが文献にアクセスする方法を変えつつあることについて、お話をうかがいました。
Punekar博士は、インドの世界的に有名なインド工科大学(IIT)のボンベイ校の教授であり、専門分野は、微生物生化学および分子酵素学、微生物代謝制御、生化学および組み替えDNA技術を利用した代謝の理解、菌類分子遺伝学と代謝工学への応用です。これまでに、査読付ジャーナルに約50本の論文掲載実績があり、4つもの特許を取得しています。酵素学と工業用微生物学の優れた指導者としても知られ、2000年と2012年にはIITボンベイ校のExcellence in Teaching Awardを受賞しました。
ほとんどの大学で、生物学課程に占める分子生物学や細胞生物学の割合が急速に拡大しています。一方、酵素学を専門的に教え、学ぶ機会は大幅に減少しており、間に合わせの講師が授業を担当していることも少なくありません。この30年間に、酵素学を専門とする学者は稀有な存在となりましたが、この学問が提供する実際的な知識は今も不可欠です。酵素は、現代の生物学研究とバイオテクノロジー産業で幅広く活用されるようになっており、生物学者が研究の精度を高めるためには酵素を避けて通ることはできません。本書は酵素額に不案内な人、つまり初心者、特に化学的・定量的な技術をあまり有していない生物学の学生に、酵素学の基礎を伝えることを目指しています。
酵素の働きを理解することは現代生物学の要ですが、前述したとおり、今日では十分な訓練を積んだ酵素学者はごくわずかです。そのため、テキストブックは学生や初心者の研究者が酵素を理解し、実験の計画と実行を支援できるような内容が望ましく、本書も、そのような役割を果たすことを目指しています。また、本書は自習用として使われることを想定しており、酵素を使った実験の始め方と集めたデータの分析方法に重点を置いています。個々の概念は短い独立したセクションで解説し、全体としてはモジュール形式の構成となっています。読者が概念(と実例)に集中できるように、テキストブック内の相互参照は最小限に抑えてあります。このテーマを専門家が近くにいなくても学べるようにすることが、本書を執筆した大きな動機の一つであり、この目的は十分に果たせたのではないかと思っています。
私はかねてから、酵素学に関心を持っている学生、特に十分な訓練を積んだ教員が近くにいない、または経済的な理由で専門書を購入できないといった理由で、酵素学を学ぶ機会に恵まれない学生を支援したいと思っていました。コロナ禍の時代に、この取り組みを通じて世界の大学を支援できることを嬉しく思っています。
はい、変化が起きていることは確かです。紙の教材の使用頻度や依存度は低下し、PDFやイーブックが注目されるようになりました。多くの学生が研究に必要な文献の電子版を積極的にダウンロードしています。
私のテキストブックは自習を支援するために書いたものですが、忘れてはならないのは、教員の役割は今も重要だということです。詩人のT・S・エリオットは、「情報に埋もれ、知識はどこへ行ってしまったのか」と嘆きました。テキストブックの中には完全には理解できないものもあるでしょう。特に新入生の場合はそうかもしれません。PDFをダウンロードできても、よい教員の指導(対面でもオンラインでも)がなければ、読んで、完全には理解できないこともあります。
今は、自習できることに重点を置き、簡潔な言葉で書かれていることが重要です。そうでなければ、情報量が多いだけで、知識はほとんど身につかないか、理解できないまま終わってしまうでしょう。
もちろんです。このインターネットの時代に、紙の本にこだわる人はごく一部です。図書館がイーブックを提供すれば、遠隔からでもアクセスできます(ソーシャルディスタンスも確保できます)。電子版のテキストブックは持ち運ぶこともでき、検索も容易です。イーブックはブームとなっており、データ容量もまったく問題ありません。
Punekar博士のテキストブック、ENZYMES: Catalysis, Kinetics and Mechanisms はシュプリンガー・ネイチャーのイーブック・コレクション、生物医学・ライフサイエンス分野に収録されています。