工学部門における持続可能性のトレンド

ユネスコが、2019年の第40回総会で、「持続可能な開発のための世界エンジニアリングデー」を宣言し、2020年3月4日に最初の世界エンジニアリングデーを迎えました。これを記念して、シュプリンガーネイチャーでは、Engineering(工学)部門の編集者であるDieter Merkleに、Engineeringにおける持続可能性のトレンドや、現在の成長分野についてインタビューを行いました。

© Springer Nature 2020

Dr. Dieter Merkle: シュプリンガーネイチャー ブックス・リーダーシップ・チーム バイス・プレジデント

シュトゥットガルト大学の理論物理学を卒業ののち、1980年代後半、ダルムシュタット工科大学で量子光学とカオス理論にまたがるテーマで博士論文を執筆し、学位を取得。1年間の育児休暇を経て、1991年1月、シュプリンガーで工学書籍のパブリッシング・エディターとして活動を開始。15年前から工学編集部を統括し、その後、Applied Sciences(応用科学)へと担当領域を広げて書籍の編集に携わる。


今日は、持続可能な開発のための世界エンジニアリングデー(WED)を記念して、お話を伺います。Engineeringのブック・プログラムには、持続可能な開発に関するトレンドとして、どのようなものがありますか?

持続可能性に関連する書籍出版についてはすでに長い歴史があります。エネルギーと環境技術、とくに再生可能エネルギーとe-モビリティ、廃棄物管理に加え、サステナブル・デザイン、持続可能な生産、ライフサイクル・エンジニアリングなどの産業分野も、すでに確立された分野として定着しています。私はまた、宇宙技術と地球情報技術を組み合わせ、環境保護や持続可能な農業に与えたプラスの影響は、決して過小評価すべきではないと考えています。

新しいトレンドとして、私が認識しているものがいくつかあります。

  • IoTおよびAIアプリケーションのようなデジタル化を通じた持続可能性
  • 地理的な開発やインフラストラクチャの開発など、工学と社会科学の連携を通じた持続可能性

いずれのトレンドも、発展途上国や新興国のメガシティに展望を示す、スマートシティというホットな話題にも重なります。

シュプリンガーネイチャーのイーブック・プログラムには、工学におけるグローバルなトレンドがどのように反映されているのでしょうか?

かなり反映されていると思っています。Engineeringのパブリッシング・エディターが、新しいトピックを素早くキャッチして追求していることにいつも感心しています。その背景には、彼らの資質と能力が非常に優れていると同時に、科学コミュニティとの間に直接ネットワークを持っている点が挙げられます。私自身、パブリッシング・エディターとして研究者と会話している中で、新しい研究分野の存在に気づいたことがよくありましたが、その研究がわずか数年後にA&Iデータベースなどに大々的にあがってくることが何度もありました。

シュプリンガー・ネイチャーは、工学の多くの領域においてナンバーワンの地位を占めていますが、もちろんすべての領域でそうだというわけではありません。特定の分野やプロダクト・ラインで強いポジションを伝統的に保っている出版社もあります。いくつか挙げると、電気工学の会議録であればIEEE、流体力学のテキストブックであればCambridge University Pressが明らかにマーケットリーダーです。しかし私たちは、このような多くの「独占」分野においても、少なくともナンバー2またはナンバー3の地位を獲得しています。

工学についてはシュプリンガー・ネイチャーにはドイツ時代より長い伝統がありますが、ドイツの殻を出て英語プログラムを開始したのは、わずか20年余り前のことに過ぎません。そのため、国際的な出版プログラムはまだ若く、その内容はかなり現代的と言えるでしょう。現在は、インテリジェント・システムやロボット工学が最大の領域になっており、出版点数や引用数においてもこれが成長分野になっています。

エンジニアと工学は、国連の持続可能な開発目標 (SDGs)を達成するために不可欠と見なされています。SDGsや社会的インパクトに焦点を当てた研究が増えたと思われますか?

持続可能な開発との関連で、私が最初にあげた分野で特に強い成長を遂げていると感じています。2020年に私たちが出版した、Engineering(工学)コレクションのうち、持続可能性に関する書籍の数は、2015年の5倍にも上ります。

SDGsが提起する問題に対処するには、研究者は学際的に取り組む必要があるとよく言われます。シュプリンガーネイチャーが受け取る書籍の企画書にもそうした影響が見られますか?

工学の目的は、何らかの解決策を生み出すことです。そのため、工学は広範で学際的な分野ということになります。工学分野の新しいトレンドは、たとえばバイオエンジニアリングのように、往々にして他の領域と重なるという特徴を持っています。また、工学は、一つの分野として存在しているのではなく、電気系、機械系、土木系など、まったく異なった知識や技能が必要になります。そのため、エンジニア同士の共同研究でも、学際的になりうるのです。
ですが、SDG関連の企画書についていえば、むしろ社会科学、地球科学、コンピュータ・サイエンスなどとの重なりが見られます。

工学において、注目すべき新しい研究トレンドが見受けられますか?

持続可能な開発以外には、次のようなトレンドが見られます。

  • この数年間、インテリジェント・システム(ビッグデータ・アプリケーションを含む)とロボット工学が、まだハイプ・サイクルの最先端にあるようです。
  • サイバーフィジカル・システム、インテリジェント・エンベデッド・システム、モノのインターネット(IoT)も端緒についたばかりです。これらの分野にはさまざまな先見性がある反面、危険な側面もあり、今後、研究がより激しくなると思われます。
  • 3Dプリンタ/付加製造技術は、ますます重要性を増しています。
  • 量子コンピューティングと量子通信についてもここで触れておかなければなりません。私は、これらが核融合などと同様に扱われることを危惧しています。長期的なビジョンであり、近い将来すぐ実現できるというわけではありません。

「質の高い教育をみんなに」はSDGsの1つですが、学習教材へのアクセスを提供することが、パンデミック下における現実的な課題になっています。工学の学生に対してお薦めのeTextbooksはありますか?

もちろん、SustainabilityCarbon Management for a Sustainable Environmentなど、工学を超えた視点を持つテキストブックもあります。

エネルギーは、持続可能性の問題が提起された最初の分野です。この分野では、Sustainable Energy Systems and ApplicationsMechanical Energy Storage for Renewable and Sustainable Energy ResourcesPractices and Perspectives in Sustainable Bioenergyがお薦めです。

生産技術および管理分野では、テキストブックは少ないですが、Design for Environmental SustainabilityLife Cycle Designなどがテキストブックです。

ただ、上級レベルの学生にとって有用と思われる研究書はあります。たとえばブックシリーズSustainable Production, Life Cycle Engineering and Managementで刊行されているものなどです。

すでに述べたスマートシティという「ホット」な分野についても、Fundamentals of Sustainable Urban Designという、新しいテキストブックがあります。

シュプリンガーネイチャー・イーブックスのEngineeringコレクションで、ユニークな点は何でしょうか?

幅広さと深さの両方です。これは、Engineeringがイーブック・コレクションの中でも最大規模を誇る理由でもあります。学術的段階をすでに終えて産業用途に移行したような、あらゆる伝統的な工学分野がカバーされ、テキストブック、実用書、ハンドブックやそのほかレファレンス・ブックスで詳細に記述されています。

一方、社内のパブリッシング・エディターは、工学と技術における最新の研究(通常は、きわめて学際的な)をいち早く見つけ出して、出版しようと常に努力しています。モノグラフやContributed Volumeは、新しい研究分野の初期のダイジェストを提供します。会議録の場合は、そうした新しい分野が登場する最初の兆候を提供します。Engineeringコレクションの大半がこうしたブックタイプで占められているのも頷ける話といえましょう。

シュプリンガーネイチャーの「工学」イーブック・コレクション 

Engineeringコレクションには、世界を取り巻くものを創出する分野で活躍する、著名な著者らによる著作物も収録されています。また、自動運転、遺伝子工学、ロボット工学といった、現在最も話題性の高いテーマをも網羅しています。

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