【Springboard】転換に向けた協力
当社のCEOであるFrank Vrancken Peetersがベルリンオープンアクセス会議に続く自身の考えについて語りました。
2023年6月14日
Research Publishing
著者:Frank Vrancken Peeters(フランク・ブランケン・ピーターズ)、Chief Executive Officer(最高経営責任者)
このたび、OA2020 initiative によって企画され、マックス・プランク協会がホストした16th Berlin Open Access Conference (第16回ベルリンオープンアクセス会議)において、光栄にも講演する機会をいただきました。今回の会議では、研究者、上級図書館員、高等教育者、資金提供者、政策立案者など、全世界から各国を代表する方々が一堂に会しました。講演では、会議のテーマである「Together for Transformation(転換に向けた協力)」に最も相応しいものとして、次の3つの分野についてお話ししました。
- 転換契約(TA;Transformative Agreements)に関する初期の経験
- オープンアクセス(OA;Open Access)への移行において転換契約が果たす重要な役割
- 共通の目標の達成に向けて克服する必要があるいくつかの課題
当社は、早い段階からオープンアクセスを推進してきました。世界初のオープンアクセス出版社であるBMCを獲得し、最大のOAジャーナル「Scientific Reports」を創刊し、厳格な論文審査基準を定めた完全OA(fully OA)ジャーナル「Nature Communications」を創刊しました。同誌に掲載された論文はすべてゴールドOAであり、出版された時点ですべての人が最終版(VOR;Version of Record)を利用することが可能になります。この最終版こそが、信頼性が高く、キュレーションされ、オープンサイエンスをサポートし、購読料に依存しないものとして、研究者が使用したいと考えているバージョンなのです。また、研究のビジビリティー(認知度)を高め、ひいては論文の利用や再利用を拡大するものでもあります。OA論文の平均ダウンロード数は、非OA論文の6倍に達しており、さらに書籍では10倍以上に達しています。シュプリンガーネイチャーの使命とは、世界が直面する最大の課題の解決を加速することにあります。そして私たちは、まさにその中心にオープンアクセスを据えているのです。
当社の完全OAジャーナルやハイブリッドジャーナルは成長しているものの、オープンアクセスへの移行はいまだに期待されるほどの速度では進んでいません。OAへの移行を進める唯一の方法とは、出版を構成する要素としての購読料への対処に集中的に取り組むことであり、新たなOA構造を並行して構築することではないと私たちは考えています。後者については、150年以上にわたり評価を受けてきた、2万誌を超えるジャーナルで構成される巨大な領域に対抗することは現実的な方法であるとはいえません。私たちが欧州初の転換契約としてオランダのUKB(Universiteitsbibliotheken en Nationale Bibliotheek〔オランダ大学図書館・王立図書館コンソーシアム〕)と締結した契約は実験的な取り組みであり、当社とオランダとのパートナーシップによる確固たる信念を必要とするものでした。しかし、その契約は、状況を一変させるものであることが明らかになりました。なぜなら、共通の目標を掲げるパートナーと同じテーブルにつき、購読費を転用してOA出版に充当することにより、その移行を管理する適正な方法を見いだすことが可能であることが、その契約を通じて明らかになったからです。そして、この1件の契約により、数千件もの個別のOA出版の手続きを回避し、研究者が論文を出版する機会を増やすことが可能となることが明らかになったからです。この方法は、人文・社会科学(HSS;Humanities and Social Sciences)などのOA資金を調達することが難しい学術分野にとって特に魅力的なものとなりました。さらに、グループ購買力を利用することで資金力の乏しい研究機関でもOA出版の恩恵を得ることが可能になり、これはドイツのDEALとの議論においても非常に重要な要素でした。そして何より重要なのは、転換契約では、論文はすべてゴールドOAにより出版されるため、論文著者はビジビリティーが5倍に増加するという恩恵を受けることができるということです。転換契約で出版された論文は、世界中の数多くの研究者から利用され、また再利用されることが可能となるため、引用数は50%増加し、ダウンロード数とインパクトは5倍に増加するのです。
初期の実験的な契約以降、当社が締結してきた数多くの転換契約は、期待を上回る成果をあげています。
- 昨年、当社が転換契約を通じてSpringer(シュプリンガー)のハイブリッドジャーナルに掲載したゴールドOA論文の数は、Author Choiceのオプションにより出版されたゴールドOA論文の数を3倍上回りました。現在、当社が転換契約を締結している国では、当社が出版している論文の最大90%がOAで出版されています。ドイツでは、OA論文は9倍近くの伸び率を示しています。さらに、HSS分野の論文数は、わずか1年で120件から2,000件以上まで、実に15倍以上も増加しています。事実、業界全体を見ても同じような傾向が見て取れます。STMが最近発表したデータによれば、昨年出版された100万件以上のゴールドOA論文のうち、転換契約を通じて出版された論文が200,000件以上を占めていることが明らかになりました(2018年の18,000件弱から増加)。すなわち、全OA論文の5分の1がすでに転換契約を通じて出版されていることになります。全体としては、現時点でゴールドOA論文が全論文の31%以上を占めており、一方で購読論文の割合は52%に減少しています。また、グリーンOA論文の割合は横ばいであり、わずか約8%に留まっています。
- 期待を上回っているのはOA論文数の増加だけではありません。前述のように、転換契約を通じてゴールドOA論文を出版することにより、研究のビジビリティーも非常に効果的に高めることができます。たとえば、英国では、当社初の転換契約締結以降、利用数が15倍近く増加し、ダウンロード数は2016年の230万回から2022年には3,300万回以上に増加しています。ドイツでは、当社とDEALとの間で転換契約、さらに、完全OA誌を含めた契約を締結した後、利用数が4.5倍に増加し、ダウンロード数は460万回から2,070万回に増加しました。この現象は、欧州に留まるものではありません。米国では、当社とCDL(California Digital Library〔カリフォルニア電子図書館〕)との間で締結した転換契約の効果により、Springerジャーナルに掲載されたコンテンツのダウンロード数がわずか1年で2倍以上、40万回から80万回以上まで増加しています。これらの論文を閲読し、利用するのは研究者だけではありません。ある研究者が、スウェーデンで当社が新たに締結した転換契約により論文をOA出版したところ、1週間以内に論文が32,000回閲読され、その読者のほぼ80%が一般市民であったことが報告されています。
- また、転換契約は、「Scholarly Kitchen」のシェフであるLisa Hinchliffe氏がいう「目に見えないメリット」、すなわち研究機関がこれまでアクセス権を保有していなかったジャーナルに掲載された購読コンテンツへのアクセスの拡大ももたらしています。さらに、転換契約を利用する顧客は、この種のジャーナル(ハイブリッドジャーナル)に掲載された購読コンテンツをOAコンテンツとして扱うことになるため、その利用数も増加しています。たとえばDEALとの契約により、購読論文の利用数は、ダウンロード数にして1,200万回から2,000万回近くに増加しています。
当然ながら、世界がOAへと移行するにつれ、転換契約の閲読に関する問題は解決されることになります。これが私がお話しする最後のポイントです。この種の転換契約、そして全般的なOAへの移行がもつ可能性を活かすためには、私たち全員に影響を与えるいくつかの疑問への回答を協力して見いだす必要があります。
- 転換契約が提供する機会を最大限に活かすよう、研究者に奨励する方法とは? 当社では、転換契約によってもたらされたOAオプションを選択することに慎重であったり、既存のOA出版資金を十分に活用していない研究者が多くいらっしゃったりすることを理解しています。したがって、ゴールドOAに関して研究コミュニティーを啓発し、そのような経路を選択するうえでの信頼を構築する必要があります。
- 科学の公正性を保護する方法とは? 欧州以外の一部の国では、オープンアクセスの信頼性が購読コンテンツよりも若干劣るという誤った認識がなされています。シュプリンガーネイチャーでは、多くの人材と技術を投入し、科学の公正性を保護してきました。さらに私たちの多くは、STM Integrity Hubを通して、知見とツールを共有しています。しかし、率直にいえば、いまなお多くの問題が存在しており、それによりシステムの信頼性が損なわれる可能性があると出版社は考えています。私たちが協力して公正性を保護し、信頼性を構築するためには、ほかになにができるでしょうか?
- (すべての研究機関が転換契約の対象に含まれているわけではなく、またすべての科学者が転換契約に参加している研究機関に所属しているわけではないという状況において)学術分野間や全世界、さらには地域間での出版とアクセスの公平性を実現するにはどうすればよいでしょうか? 当社では(最近のCureusの獲得など)さまざまなモデルを実験していますが、業界として回答を見いだす必要があります。
- そして最後に、この疑問で締めくくりたいと思います。称賛すべき事例は、ここ欧州だけではなく、全世界に存在しています。現在では、実際に効果を上げている転換契約の例は数多く存在しており、オープンアクセスの未来へと続く道を進む私たちを力強く後押ししています。しかし、より多くの国に参加を促し、「有料の壁」の狭間で身動きが取れなくなる状況を回避するためには、どうすればよいのでしょうか? 転換契約が、研究機関や資金提供者、研究者、さらには世界にとって有効に機能するとわかっている私たちは、これを啓発していくためにどのように行動すればよいのでしょうか? 覚えておいていただきたいのは、OA出版によるビジビリティーの拡大は、SDGに関する論文にもおよんでいるということです。これは私たちすべてにとって良いことなのです。
同会議では、「グローバルなオープンアクセスへの移行速度をさらに大幅に加速しなければならない」との結論が得られました。私も同意します。転換契約には課題もありますが、それによってもたらされる機会は非常に大きなものであり、私たちすべてが協力して移行に向けた勢いを維持するだけの価値があるものだと私は考えています。
フランク・ブランケン・ピーターズ、最高経営責任者(CEO)
2017年にシュプリンガーネイチャーのチーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)として着任後、2019年9月より最高経営責任者(CEO)に就任。メディアおよび出版業界において25年以上の経験を持ち、BtoBとBtoCの両方においてさまざまな戦略・デリバリービジネス機能を率いる役職を経験。これまで、Wolters Kluwerで西ヨーロッパの法務・法規制のリージョナルマネージングディレクター、Infinitas Learningでは最高執行責任者、Elsevier Scienceでは、政府およびアカデミック市場のマネージング・ディレクター(MD)、ScienceDirectのMDおよび、グローバルセールスのMDといった上級職を務め、大規模かつ複雑な国際ビジネスの構築と成長に貢献してきた。オランダのエラスムス・ロッテルダム大学で経営学修士号を取得。
オープンリサーチに関する基礎や用語解説は、「オープンリサーチとは?基本コンセプトと取り組み」をご覧ください。
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シュプリンガーネイチャーは、180年以上にわたり、研究コミュニティー全体へ最良のサービスを提供することによって発見の進展に貢献してきました。研究者が新しいアイデアを公開することを支援するとともに、出版するすべての研究が重要で着実であり、客観的な精査にも耐え、関心をもつすべての読者にもっとも良いフォーマットで届き、発見、アクセス、使用、再利用、および共有されるようにします。私たちは、テクノロジーやデータの革新を通じて図書館員や研究機関をサポートし、学会に出版を支援するための優良なサービスを提供します。
学術出版社として、シュプリンガーネイチャーは、シュプリンガー(Springer)、ネイチャーポートフォリオ(Nature Portfolio)、BMC、パルグレイブマクミラン(Palgrave Macmillan)、サイエンティフィックアメリカン(Scientific American)などの信頼されたブランドを有しています。詳しい情報は、springernature.com をご覧いただき、@SpringerNature のフォローをお願いいたします。
宮﨑 亜矢子
シュプリンガーネイチャー
コーポレート・アフェアーズ
E-mail: ayako.miyazaki@springernature.com
本ブログの原本(一部を除いて)は英語であり、日本語は参考翻訳です。
英語:Together for Transformation