【Springboard】テクノロジーに関するノウハウと倫理に対する公約とを融合し、AIの可能性を引き出す方法
当社のCEOであるFrank Vrancken Peetersがシュプリンガーネイチャーにおいて、AIの可能性を引き出す方法について語りました。
2023年11月29日
Research Publishing
著者:Frank Vrancken Peeters(フランク・ブランケン・ピーターズ)、Chief Executive Officer(最高経営責任者)
「新たな」技術(テクノロジー)である人工知能(AI;Artificial Intelligence)は、いまや世界中の放送電波から会社の役員室、立法議会、さらには食事の席までをも席巻する影響力を発揮しています。一方でシュプリンガーネイチャーでは、すでに10年以上にわたり、AIを利用しています。当社は、コミュニティーやパートナーと協力し、AIなどの新たな技術をどのように利用すれば、全世界が直面している喫緊の課題の解決を加速し、科学と研究の可能性を解き放ち、知識を高め、未来の世代の生活を改善し、インスピレーションを与えるというミッションに役立てることができるかという点を追求してきました。
テクノロジーは、私たちが成長し、発展するための核となってきました。当社が研究コミュニティーに対して、目に見えるかたちでの利益をもたらすことができたのもテクノロジーのおかげです。当社は、2020年以降だけでも3億7,000万ユーロをテクノロジーに投資してきました。そのことが、研究を出版するうえでの困難を乗り越える力となりました。当社のジャーナルに出版されたすべてのコンテンツと30万冊以上の書籍をデジタル化して提供することにより、当社のコンテンツへのアクセスを高め、さらに125万件以上のオープンアクセス論文を公開することにより、オープン化を促進することができました。また、論文の検索と利用、引用が容易になり、論文の平均ダウンロード数を5年前の2倍に増やすことができました。
現在では、年間150万件以上の投稿論文と40万件以上の出版を管理できるシステムをサポートすることで、論文著者が当社からこれまで以上に容易に出版できるようになりました。また、2019年には、機械が執筆した初の学術書籍も出版しています。さらに、今年初めに開始した実験から、生成AIを利用した初の学術書籍を出版するにいたりました。もちろん、このような成果は驚くべきものではありません。なぜなら、研究コミュニティーは、常に率先してテクノロジーを取り入れてきたからです。インターネット自体も、全世界の大学と研究機関による情報共有の自動化を求める声に応えるため、科学者が科学者のために開発したものなのです。
私たちが楽観的な見方をしている理由は、まさにそこにあります。AIのようなテクノロジーの急速な発展は、私たちのコミュニティーに大きな可能性をもたらすと考えています。なぜなら、人間の監視のもとで慎重に管理することで、そこには出版社と研究者の仕事の仕方を進歩させる可能性があるからです。このことは、Nature が最近実施した調査からも明らかになっています。この調査では、50%を超える研究者が、AIツールは自らの研究活動にとって非常に重要であるか、不可欠なものであると考えていると回答しています。また、半数以上の研究者がすでに、AIには科学者の資金を節約する可能性があると考えています。研究者の生活を容易にするために私たちに実現可能なことは、私たちが探求したいと願うものにほかならないのです。
一方で、AIの登場により、過去に登場したテクノロジーとは異なる懸念が生じていることも充分に承知しています。そのため、私たちは、科学的発見と研究に資するために、AIツールを倫理的に責任を持って使用するという使命を負っています。当社では、AI技術の発展に合わせ、論文著者に対する指針として、オーサーシップ(著者資格)と画像に関する著者ポリシーを策定しています。また、イノベーションプロセスの指針を示し、協働するAIガバナンスプロセスも策定しています。このプロセスでは、5つの原則を基盤とし、尊厳と尊重、被害(を最小限に抑える)、公平と公正、透明性、責任、プライバシーなどの分野を対象として、当社がコミュニティーと歩調を合わせて活動できるようにするとともに、主導権をあくまでも人の手に残すことができるようにしています。
この公約とともにあるのが、現在では当社の社員の3分の1が技術職に従事しているという事実です。だからこそ、当社は長年の経験にもとづき、AIツールを利用して研究コミュニティーへの支援を強化する方法を探求することができるのです。また、現在のAI技術をリードする複数の専門家と連携し、社内のEmerging Technologies(エマージング・テクノロジー)チームに投資することにより、複数のAI主導型ツールをワークフローに導入し、出版プロセス全体における可能性を引き続き模索しています。たとえば、英語を母国語としていない研究者の場合、論文の執筆に要する時間が50%長くなっています。当社のAI支援型言語編集サービスは、英語を母国語としない著者にも平等な作業環境を提供し、論文が受理され、出版にいたる機会を最大限に高めるための力となっています。当社の査読者検索(peer reviewer finder)ツールは、編集者が最適な査読者を見いだすまでの時間を短縮し、ひいては論文が掲載にいたるまでの時間を短縮するためのサポートを提供しています。さらに、新たなAI駆動型「Nature Research Intelligence(ネイチャー・リサーチ・インテリジェンス」サービスは、全世界の研究機関に対し、各々が出資した研究のインパクトを評価し、近い将来に必要とされる研究とそのトレンドを特定する支援を提供しています。
一方で残念ながら、AIという新たな技術により、捏造や不正利用が以前よりも容易になり、検出も困難になっています。そのため、最近シュプリンガーネイチャーに加わった科学部門であるiThenticateやSlimmer AIなどとも協力し、AIを利用することにより、かつてないほどに高度なインテグリティー(公正)チェックを実現し、科学の記録を保護します。
AIとは、最終的に人間の知性に取って代わるものではなく、人間の知性を強化するものであると当社は考えています。出版社やコミュニティーに対し、AIが与えうると期待されるインパクトや利益を真に実現するためには、倫理面を考慮しつつ、責任を持って効果的に取り組みを進めなければなりません。
フランク・ブランケン・ピーターズ、最高経営責任者(CEO)
2017年にシュプリンガーネイチャーのチーフ・コマーシャル・オフィサー(CCO)として着任後、2019年9月より最高経営責任者(CEO)に就任。メディアおよび出版業界において25年以上の経験を持ち、BtoBとBtoCの両方においてさまざまな戦略・デリバリービジネス機能を率いる役職を経験。これまで、Wolters Kluwerで西ヨーロッパの法務・法規制のリージョナルマネージングディレクター、Infinitas Learningでは最高執行責任者、Elsevier Scienceでは、政府およびアカデミック市場のマネージング・ディレクター(MD)、ScienceDirectのMDおよび、グローバルセールスのMDといった上級職を務め、大規模かつ複雑な国際ビジネスの構築と成長に貢献してきた。オランダのエラスムス・ロッテルダム大学で経営学修士号を取得。
How Springer Nature is Approaching AI
*2023年12月にロンドンで開催されたAI & BIG DATA EXPOの一環として、当社の経営陣のメンバーが、出版におけるAIと今後の役割に関して、英国のITN Businessと話しました。
AIに対するシュプリンガーネイチャーの考え方
当社では、AI技術を最大限に活かすことにより、質の高い研究を迅速に出版し、世界が直面している課題にインパクトを与え、コミュニティーのニーズを最大限に満たす方法を探求する取り組みに最も重点を置いています。研究コミュニティーは率先して技術を取り入れてきました。インターネット自体も科学者が科学者のために開発したものです。そのため、シュプリンガーネイチャーでは、テクノロジーが常に重要な役割を果たしてきました。当社は、テクノロジーを倫理的に利用し、発見を加速する方法を探求しています。当社のビジネスの核を成しているのが、責任と信頼、品質です。AIを人間がサポートし、AIと人間が協働することにより、以下が可能になると考えています。
- 研究の出版に要する時間を短縮することにより、科学的発見を加速します。
- AIを利用して不正な研究論文を検出し、研究の信頼性を高めます。
- 英語を母国語としない論文著者による研究の出版をサポートし、全世界の読者に届けることにより、科学の平等性を高めます。また、素晴らしいアイデアを持っているにもかかわらず、論文の執筆が苦手な研究者もサポートします。
学術出版社におけるテクノロジーの重要性
当社では、社員の3分の1近くが技術部門で勤務しており、もはやシュプリンガーネイチャーをテクノロジーの会社と呼んでも差し支えない企業となっています。研究コミュニティーは知識を最も速く取得し、普及させる最も効果的な手段を常に探求しています。そのため、研究コミュニティーは、技術を率先して導入してきました。シュプリンガーネイチャーでは、テクノロジーが常に重要な役割を果たしてきました。インターネットの登場以前から、コンテンツはすでにデジタル化されています。当社では、テクノロジーを積極的に導入し、研究の出版に関する障害を取り除き、研究の出版と検索、利用に要する時間を短縮し、手間を省いてきました。論文著者の仕事とは、論文を執筆することではなく、研究することです。研究者の生活を楽にするために当社に可能なことは、そのすべてが重要な意味を持つのです。
AIに対するシュプリンガーネイチャーの取り組み
AIはこれまでと違う技術であり、大きな可能性を秘めています。技術を理解するためには、その機能を調べる必要があります。それこそが、当社が是が非でも成し遂げたいことなのです。もちろん、その実現にいたるまでには課題があります。たとえば、科学的なプロセスの破壊を目論む人々がAIを利用すれば、不正な研究を生み出す人々を支援することなども可能になります。当社は、コミュニティーと協力し、AIなどの新たな技術をどのように利用すれば、全世界が直面している喫緊の課題の解決を加速し、科学研究の可能性を解き放ち、知識を高め、未来の世代の生活を改善し、インスピレーションを与えるというミッションに役立てることができるかという点を追求してきました。
テクノロジーによってもたらされてきた恩恵
テクノロジーは、出版において決して新しいものではありません。たとえば、当社では、インターネットの登場以前にコンテンツをデジタル化してきました。テクノロジーを率先して取り入れたことにより、以下の効果が得られています。
- 当社のコンテンツへのアクセスを強化し、検索や閲読、利用を容易にしています。当社ジャーナル3,000誌と30万冊以上の書籍に掲載されたすべてのコンテンツをデジタル形式で提供しています。
- コンテンツのオープン化を進めています。当社では、現時点までに125万報以上のオープンアクセス論文を出版しています。オープンアクセス論文は、誰でも無料で利用することができます。
シュプリンガーネイチャーのOAおよびオープンリサーチに関する取り組みについては、OAファクトシートおよびオープンリサーチ、また、OAポートフォリオのインパクトについては、最新のOAレポートをご覧ください。
- 論文著者による当社からの出版を容易にしています。テクノロジーを利用することにより、当社が出版する研究の件数を増やすだけではなく(2018年以降、出版された論文数は20%増加)、出版にいたるまでの期間を短縮しています。AIを新たな出版プラットフォームに導入することにより、研究が出版にいたるまでの期間が以前より4週間短縮されています。
- 当社は、2019年にすでに世界初の機械生成書籍を出版しています。
出版においてAIが果たす最も重要な役割
信頼性の高い正確な研究の出版を加速し、誰でもアクセスできるようにします。
世の中にはフェイクニュースや誤情報があふれています。そのため、当社が出版し、読者が閲読している研究が信頼に値するものであることを世界に周知する必要があります。残念ながら、AI技術の登場により、捏造や不正利用が以前よりも容易になり、検出が難しくなっています。当社は、常に一歩先を行かなければなりません。AIはそのための力となっています。AIを搭載した当社のインテグリティーチェックを利用すれば、以下を検出することができます。
- データや画像が改竄され、結果が捏造されていないかどうか。
- 研究を完全に偽造するため、機械によってコンテンツが作成されていないかどうか。
- 他者の研究が盗用されていないかどうか。
出版件数が増加していることから、以上の重要性が高まっています。
シュプリンガーネイチャーにおけるAIの可能性
当社では、AIの可能性を解き放つための専門的知識を蓄えてきました。また、研究プロセス全体にわたり、さまざまな可能性があると考えています。
- 英語を母国語としない研究者の場合、研究論文の執筆に必要な時間が51%長くなっています。当社が新たに立ち上げたデジタル編集サービス「Curie」は、研究者、特に英語が母国語ではない研究者による研究論文の執筆をサポートし、論文が受理され、出版にいたる可能性を最大限に高めることを目的として開発されたものです。
- さらに、当社ではAIを利用し、編集者が最も適切な査読者を見つけるためのサポート(Reviewer Finder)を提供しています。
以上のサービスを当社の制作システムに導入することにより、研究論文が出版にいたるまでの期間を可能な限り短縮し、全世界のあらゆる場所から論文を検索できるようにするとともに、最も幅広い層の読者に論文を届けます。さらに、その影響は、可能性に満ちた新たなビジネス機会が存在している上流のフェーズにまで及ぶ可能性があります。当社は、大量のデータのキュレーションと理解に関する経験を活かし、全世界の研究機関に対し、各々が出資した研究のインパクトを評価し、近い将来に必要とされる研究とそのトレンドを特定する支援を提供します。
AIと倫理の課題
当社では、以上の取り組みを効果的に責任を持って実行するために考慮すべき倫理面の問題を完全に把握しています。イノベーションプロセスの指針を示し、協働するAIガバナンスプロセスを策定しています。それにより、歩調を合わせて活動を進め、主導権をあくまでも人の手に残すことができるようにしています。
AIに対する研究者の考え
研究者はすでにAIを利用しています。Nature が最近実施した調査(AI and science: what 1,600 researchers think)からは、以下の事実が明らかになっています。
- 50%を超える研究者が、AIツールは自らの研究活動にとって非常に重要であるか、不可欠なものであると考えています。
- 3分の2の研究者が、AIを利用することにより、データ処理などに要する時間を短縮することができると考えています。
- 半数以上の研究者が、AIには科学者の資金と時間を節約する可能性があると考えています。
AIに対する研究者の懸念とそれに対するシュプリンガーネイチャーの取り組み
もちろん、AIに対する懸念も指摘されています。例としては、データのバイアスや差別が定着する可能性(58%)、捏造が容易になる可能性(55%)があげられます。また、当社には、克服する必要がある障害に対するサポートと指針を示すことが期待されています。そのため、当社ではAIの利用について、コミュニティーとの協力のもと、慎重に責任を持って探求を進めています。
シュプリンガーネイチャーについて
当社は、出版および科学コミュニケーションにおいて180年以上の歴史を持つ、世界中におよそ1万人の社員が活動するグローバル企業です。また、当社は、Nature、Scientific American、Springer およびMacmillan Education などの信頼されたグローバルブランドを有しています。私たちのミッションは、全世界が直面している喫緊の課題の解決を加速し、科学研究の可能性を解き放ち、知識を高め、未来の世代の生活を改善し、インスピレーションを与えることです。私たちは、コミュニティーと協力することで、AIやそのほかの新たなテクノロジーがどのように役立つかを探求することに取り組んでいます。
当社の出版に関する取り組みについては、シュプリンガーネイチャーと出版する価値のページをご覧ください。
Springboard blog(シュプリングボード・ブログ)は、オープンリサーチを推進するため、シュプリンガーネイチャーおよびそのパートナーからの最新の見解、コメント、ディスカッションを紹介するプラットフォームです。詳細は、Springboard blogのウェブサイトをご覧ください。
シュプリンガーネイチャーは、180年以上にわたり、研究コミュニティー全体へ最良のサービスを提供することによって発見の進展に貢献してきました。研究者が新しいアイデアを公開することを支援するとともに、出版するすべての研究が重要で着実であり、客観的な精査にも耐え、関心をもつすべての読者にもっとも良いフォーマットで届き、発見、アクセス、使用、再利用、および共有されるようにします。私たちは、テクノロジーやデータの革新を通じて図書館員や研究機関をサポートし、学会に出版を支援するための優良なサービスを提供します。
学術出版社として、シュプリンガーネイチャーは、シュプリンガー(Springer)、ネイチャーポートフォリオ(Nature Portfolio)、BMC、パルグレイブマクミラン(Palgrave Macmillan)、サイエンティフィックアメリカン(Scientific American)などの信頼されたブランドを有しています。詳しい情報は、springernature.com をご覧いただき、@SpringerNature のフォローをお願いいたします。
宮﨑 亜矢子
シュプリンガーネイチャー
コーポレート・アフェアーズ
E-mail: ayako.miyazaki@springernature.com
本ブログの原本(一部を除いて)は英語であり、日本語は参考翻訳です。
英語:Combining tech know-how with commitment to ethics to unlock AI potential